コラム
火星の運河
天体観測に写真が利用されるのは、20世紀になってからである。
それ以前は、望遠鏡で見たままをスケッチしていた。
当然、主観が入りやすい。
19世紀後半に、イタリアのスキャパレリが火星の表面に多数のスジを確認した。
スキャパレリはこのスジを「カナリ(canale)」という語で報告する。
「カナリ(canale)」とはイタリア語で「溝」を意味する。
同時代の観測家でフラマリオンというフランス人がいた。
フラマリオンは、「溝」を水路と信じていた。
伊語の「canale(溝)」は、彼によって仏語の「canal(運河)」に訳された。
その後、仏語の運河は英語の「canal(運河)」に訳されて、ますます溝は人工的な運河と信じられるようになったのだ。
フラマリオンの著作に触発されて、火星観測に情熱を注いだのがローウェルだった。
ローウェルは、連夜観測を続け、火星面の詳細な地図を作り上げた。
ローウェルは、多数のスジは極地の氷から得た水を、火星全体に供給するための人工の水路だと主張した。
この主張は、一般大衆には人気を得たが、研究者の間では疑問視されていた。
今日では、ローウェルの運河は、火星面の不規則な模様を、スジ状にイメージしてスケッチしたものと考えられている。
ローウェルの火星地図は、思い込みの産物だったのだ。
なぜ、彼は長期間に渡って、実在しないものを描き続けることができたのか?
「人は見たいものを目撃する」
火星への情熱が、運河を描かせていたようだ。
21世紀になって、火星には過去に海が存在していたことが確認された。
海があれば、生命が発生する可能性がある。
細菌などの微細な生物が、今も火星に生き残っているかもしれない。
タコの火星人は否定されたが、夢は未だ費えていない。
火星の大気中にメタンらしきものが見出された。
これが細菌の代謝によるものではないかと考える学者もいる。
ただし、メタンの実在も確証されているわけではない。
フライングとも思える学説だ。
「火星の運河は、火星人が作った」
「火星のメタンは、細菌が作った」
二つの学説の構造は、非常によく似ている。
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2005/10/10